学芸万華鏡

赤ん坊置き去り避難も…関東大震災100年、文豪たちの右往左往

大正12(1923)年9月1日の関東大震災から100年を前に、文芸アンソロジー「シリーズ紙礫(かみつぶて)17 文豪たちの関東大震災」(皓星社)が出版された。編者の児玉千尋さんが選んだ作家たちの被災体験記、ルポ、詩歌、小説などを収録。震災の実態、災害時の人のありようや群集心理など、当時の状況が示唆することは多い。

「文豪たちも災害時には右往左往した。その素の姿に親近感を覚え、私たちもそうなるだろうとある種の心構えもできます」という児玉さんは図書館司書で、東京で複数の大学図書館などに勤務。母校・成蹊大学の図書館司書時代に携った展示で関東大震災に関する作家たちの作品に接し、平成26年に論文「関東大震災と文豪」を発表した。

この論文に注目した版元が本書を企画。児玉さんが「あまり知られていないもの。文豪の人となりがよく表れているものなどを」と選んだ22人の29編(一部抄録)と解説などを収めた。

冒頭には、芥川龍之介の「大震雑記」「大震前後」とともに文夫人の「追想 芥川龍之介」も収録。地震発生に赤ん坊を置いて一人家の外に逃げたことを夫人から問い詰められた芥川が「人間最後になると自分のことしか考えないものだ」と言った話も。

室生犀星の自伝的小説「杏っ子」でも、出産まもなく病院から避難した妻子を探し出すのに手間取った主人公に妻が怒る場面があり、児玉さんは解説で「どこの文豪も、震災時に妻から合格点をもらうのは難しかったようだ」。

一方、谷崎潤一郎「全滅の箱根を奇蹟的に免れて」、菊池寛「火の子を浴びつつ神田橋一つ橋間を脱走す」などの体験記は迫真。「死体の海」となった本所・被服廠跡、遊女が多数死亡した吉原遊郭などを絵入りでルポした竹久夢二「東京災難画信」、宮武外骨「震災画報」などから惨状がうかがえる。

「同じ体験でも、全然違うように描かれている」と注目し、収録したのが、宇野千代の自伝「生きて行く私」と、同棲相手だった尾崎士郎の小説「凶夢」。朝鮮人が襲ってくるといううわさに愛人と屋根裏に隠れる場面が対照的だ。

その流言飛語には多くの作品がふれているが、異色なのが加藤一夫の小説「皮肉な報酬」。朝鮮人の主人公の「群集の心理は恐ろしい」という緊迫感が伝わってくる。

また、与謝野晶子が長年書きためた現代語訳「源氏物語」の原稿を震災で焼失した無念の歌も収録。その解説では晶子が原稿焼失に一言も愚痴をこぼさなかったという次男の文章も紹介し、晶子の潔さが際立つ。

物への執着でいえば、井伏鱒二が「荻窪風土記」で描いた故郷・福山への避難で持ち物は「カンカン帽と財布と歯楊枝と手拭」のみ。夏目漱石の書一軸だけを携えた芥川は「(物を)あきらめることも容易なるが如し」と記している。

重い話が多い中で、のちに歌謡曲の作詞を手掛けるきっかけをつかんだ西条八十(「大震災の一夜」)、演劇や自身の使命に目覚める俳優の沢田正二郎(「難に克つ」)など、新たな希望につながる作品もある。

「図書館員なので、この本がおもしろい、こんな興味深いエピソードがあるとブックトークをするように作りました」と児玉さん。川端康成24歳、内田百閒34歳、志賀直哉40歳…と、被災時の年齢を入れた著者紹介も親近感がわき、当時をイメージする助けになる。教科書などではわからない文豪たちの姿、交友関係なども伝わってくる。

約2000タイトルの関連作品を図書・雑誌・アンソロジー別に探せるリストに飛ぶQRコードも付く。「夏休みの自由研究などに役立てて、本を読んでもらえたらうれしい」と児玉さんは話した。

会員限定記事会員サービス詳細